あれやこれや

とりあえず、なんでも書きます。

映画『象は静かに座っている』

2018年のこの作品を私はAmazonPrimeのおススメに上がってくるまで知りませんでしたが、見終わって今、この作品を大切に思っている人たちがたくさんいることに納得しています。

この10年近く鬱っぽかった私は、どんどん強権的になっていく中国という国の映画に食指が動かなくて、見たとしても民国時代の他愛ないもの、武侠もの、昔のおバカなコメディとかばかりだったのですが、この映画の数々書きこまれたレビューにふと感じるものがあって、久しぶりにちょっと見てみる気になったのです。

約4時間という長さ(これこそが作品が世に出るまでのネックになっていたことを後から知りました)にもかかわらず、途中で落伍することも多い私がノンストップで見切ってしまいました。

知らずにいた食わず嫌いの日々を後悔しています。

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描かれているのは間違いなく現代中国なのですが、比喩とか対比がたくさん仕込まれている寓話のようでもあり、反芻して後からいろんな味がしてきます。

産業の不振で衰退していく街が舞台です。画面から伝わってくるのは不安、無力感、焦燥感。

作品の途中、街の一角に貼られたポスターが一瞬映ります。最果ての街、満州里(マンチュリ)のサーカス団のお知らせです。

大きな象のことは書かれているようですが、カメラもあんまりはっきり見せる気がなさそうでよくわからない。動画の強みで画面を止めてチェックしてもあんまりよくわからない。

目を凝らしてみても夢の中のできごとのように掴みどころがないこの感じは、この作品の至る所に出てきます。

描かれるのは、絶望感に潰されそうな登場人物たちがずーっと座って動かない、よく分からない象を見に行こうとする一日です。

 

象に思いを馳せる人、4人。

①ヤクザの青年

チンピラの舎弟を侍らせ良からぬ稼業をしてるようです。イキったファッションで虚勢をはっていますが、ものすごくナイーブで、カタギの人のほうがよっぽどヤバい気さえします。孤独な人なのです。

親友の妻と浮気をしていた現場で彼に自殺されてしまったのも、心から求める女性から拒絶されヤケになってしまった末の悲劇です。

 

②17歳の少年

朝から大酒を飲んで荒れる父親のいる家を飛び出した後、心の頼みの祖母を訪ね、孤独死している彼女を発見します。

さらにはその日、盗みの嫌疑をかけられた親友を守ろうとして不良のリーダーと言い争う中、事故で相手が死んでしまいます。

またさらに、そこまでして庇った友人が嘘をついていたという事実を知り絶望感は限界に。

満州里のサーカスにわずかな希望を託し、少女を誘います。

 

③17歳の少女

シングルマザーの母親は娘との生活を維持するため必死に働いていますが、パワハラ、セクハラでストレスまみれの日常です。家の中はぐちゃぐちゃで娘が心から欲しているものを考える余裕もありません。

娘は混乱する日常を逃れ、居場所を求め妻子ある教師のクリーンな別宅で現実逃避する日々だったのですが、二人の画像がこの日、SNSで拡散されてしまい、教師の妻が夫を連れて自宅に怒鳴りこんできます。

自分の立場ばかり主張して罵り合う大人たちの姿にキレた彼女は教師夫婦の頭をバットで殴り飛ばし、立ち尽くす母親をあとに家を飛び出します。

 

④元軍人の老人

娘夫婦、孫娘と暮らしていますが、自分のアパートだというのになんだかベランダに増設したような変な空間をあてがわれ、そこで小型犬と身を寄せ合って寝起きしているような肩身の狭さです。娘の夫は、子どもの教育のためもっと広くていい環境のアパートに引っ越したいから悪いけどお父さんは老人ホームへ行ってください、と催促してくる。砂を噛むような日々に耐えられるのも可愛がってる小さな犬と一緒だったからなんですが、それもある日、街をうろついていた大きな犬に噛まれて死んでしまう。大切な存在を失い気を落とした彼は老人ホームを見学してみますが、そこは生き続けるための場所には思えない、死への待合室のようです。

少年から誘われ若い頃勤務したことのある満州里に心が動きます。

 

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ヤクザの弟というのが少年が誤って死なせてしまった不良、老人は少年と同じアパートの顔見知り、少女は彼が思いを寄せている相手、という具合に登場人物たちは少年を中心に皆、繋がっています。

死んだ友達から象の話を聞いていたヤクザは罪悪感や孤独から逃れるため象の存在を確かめに行こうとするのですが、その直前に少年の友人の放った銃弾で脚を負傷してしまい、希望を絶たれてしまいます。

少年、少女、老人+幼い孫娘(⁉︎)は、満州里への切符を手に入れますが、汽車が運休という不運に見舞われます。バスに切り替えてもそれは途中までしか行くことができないらしく、ここで気をくじかれた老人が、俺は行かない、結局はここに留まって周りに合わせることを学ぶほうが利口だ、みたいなことを言い出すのです。

が、少年はそれを跳ねつけ、きっぱりと言います、

「行くんだ」。

そうして4人は闇夜の中、不確実な未来に向かって踏み出すことになるのです。

 

ラストは途中の休憩地で彼らが羽根蹴りをするシーンです。

 

息抜きの遊びの場面にも見えますが、少年が少女に向かって、満州里に行ったらサーカスで羽蹴りの仕事(⁉︎)でもするさ、と語っていた場面が思い出されます。

(その羽根もどこで手に入れたものなのかを考えると、また物語の立体感が増してきます)

バスのライトの灯りの中、不器用に羽根蹴りをする彼らの小さな姿が映されます。

落ちた羽根を何度も何度も拾い上げ、またやり直す。静かな愛おしいシーンです。

 

と、そこへ突然、象(?)の咆哮が鳴り響きます。

 

!!!?

みんなの動きが止まり、

 

「大象席地而坐」(象は静かに座っている)

の文字が現れ映画は終わります。

 

バンド花倫(ホアルン)による音楽もこの作品の大きな構成要素です。先日亡くなった坂本龍一さんもこの作品が作り上げている世界観に魅了されて言葉を寄せておられましたね。

 

中国とか中国映画に関心がない方にも是非、一度見ていただきたい。

 

そっと仕込まれた場面や比喩などはまだまだありそうです。また気づいたら書き足していこうと思っています。

 

公開前に自死した胡波(フー・ポー)監督が胡遷(フー・チエン)というペンネームで書いた小説集『大裂』。

書かれたエピソードは映画とリンクしている部分もあるようです。

近いうちに読んでみたいと思っています。

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